誰がために

短冊や、絵馬や、かしわ手、
ホント、願いが叶ってくれたら
という気持ちはみんなあると思います。

一方で、あんまり願い事ばかりしてもな、
それだけじゃな、
という気持ちもある。

短冊だけ、絵馬だけ、かしわ手だけで
神様が「はいわかったよ」と言ってくれれば
これは楽ですけど。

ちゃんと練習しますから、
一生懸命勉強しますから、
だから、泳げるようにしてください、
だから、合格させてください、
と、つまりは自分で泳げるようになり、
自分で合格するのはわかっていることですけど、
でも、短冊に書いたり、絵馬に書いたり、
かしわ手を打ったりします。

やらないよりはやったほうがいいとか、
気持ちを穏やかにするとか、
そんなことのためでしょうか?

「敬っても、頼ってはならぬ」と言われますが、
他人のための願いは、
ちょっとはきいてもらえるような気がします。
そうあってほしいと希望的に思います。

「病気が治りますように」と祈られた人と
祈られなかった人とでは、
実際に祈られた人に優位性がみられたんだそうです。
祈られた人は、自分が祈られたことを知りません。

一生懸命に病気を治そうとする人は治癒率が高い。
これは当然です。
懸命に取り組むその姿が人の気持ちを動かし、
祈りたくなる。
そういうことなのかもしれませんけどね。

水分も摂って、
夜も早く寝ますから、
熱射病になりませんように。

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