吼えどころ

手塚治著「ブッダ」に登場するタッタという少年は、
動物と話をすることができます。
実際に言葉を使っているわけではないでしょうから、
お互いに何を考えているのかがわかるほど、
とても深く気持ちが通じている、ということなんだと思います。

そんなタッタ少年も大人になるに連れて
だんだんと動物との会話ができなくなっていきます。
なんだかちょっと寂しい話です。

その点、大人なんだけど動物と話せるドリトル先生は、
大人だけど子ども、子どものような大人、ということでしょうか?

我が家にいる2匹の犬。
「吼えどころ」が異なります。

散歩中、
1匹(母)は、人にも犬にも吼えませんが、
1匹(娘)は、犬にだけ吼えて人には吼えません。
そして老犬にもあまり吼えません。
しかし娘は、人の子どもに吼えます。
つまり、娘は、人の子どもと比較的若い犬に対してのみ吼えます。
人であろうが犬であろうが、子どもや若者には吼えて、
人であろうが犬であろうが、大人には吼えない。
線引きが、「人・犬」ではなくて、「大人・子ども」です。

ちょっと不思議です。





よかったらクリックお願いします。
にほんブログ村 健康ブログへ
にほんブログ村

にほんブログ村 健康ブログ 鍼灸(はり・きゅう)へ
にほんブログ村







"吼えどころ" へのコメントを書く

お名前
ホームページアドレス
コメント